「トランジェントを潰さないように」
「トランジェントを立てると前に出る」
ミックスの解説を読んでいると、この言葉がさらっと出てきます。
なんとなく「音の最初の方かな」とは思うものの、具体的に何を指していて、なぜそんなに重要なのかは説明されない。今回はそこをやります。
トランジェントは「音の出だしの一瞬」

トランジェントとは、音が鳴り始めた最初のごく短い時間のことです。
長さにして数ミリ秒から、長くても数十ミリ秒。曲全体から見れば、まばたきよりも短い一瞬です。
ピアノなら鍵盤を叩いた瞬間の「コツッ」、ギターならピックが弦に当たる「チッ」、スネアなら「パン」の立ち上がり。
その後に続く響きの部分はサステインと呼ばれ、トランジェントとは別物として扱われます。
この区分はアタックとリリースの話と地続きなので、あわせて読むと立体的になります。
なぜこの一瞬がそんなに大事なのか

有名な実験があります。
ピアノの音から出だしの一瞬だけを切り取って残りを聴かせると、多くの人がピアノだと判別できなくなるというものです。
つまり人間は、楽器を「響き」ではなく「出だし」で識別しています。
音色の正体のかなりの部分が、この一瞬に詰まっているわけですね。
ミックスで「トランジェントを潰すな」と言われる理由はここにあります。
出だしを潰すと、その楽器が何なのかがぼやける。結果として抜けが悪い状態になります。
コンプレッサーは、放っておくとここを潰す
トランジェントを一番よく潰してしまう犯人が、コンプレッサーです。
コンプは「大きい音を小さくする」道具ですが、曲の中でいちばん大きい瞬間はどこかというと、まさにこの出だしです。
何も考えずにコンプをかけると、ちょうど一番残したい部分から削られていきます。
これを防ぐのがコンプのアタックタイムです。
アタックを遅めに設定すると「反応するまでに少し待つ」ので、出だしの一瞬は素通りして、その後ろから押さえ始めます。
\あるある〜/ コンプをかけたらドラムが急にショボくなった。
あれはだいたいアタックが速すぎて、叩いた瞬間を全部食われています。
コンプの基本はコンプレッサーとは?に、使い分けはコンプを2段に分ける考え方に書いています。
わざと操作して、前後を作る

トランジェントは「守る」だけでなく、積極的に操作する対象でもあります。
出だしを強めると、音は硬くなって前に出ます。
逆に出だしを弱めると、柔らかくなって奥に下がる。しかも音量をほとんど変えずに前後感だけを動かせるのが強みです。
音量を上げずに前に出せるというのは、ミックスでは非常にありがたい性質です。
全体の音量に余裕がない場面でも使える手札になります。
専用の「トランジェントシェイパー」というプラグインもありますが、コンプのアタック設定でもかなりの範囲は操作できます。
まずは手持ちのコンプで、アタックだけを動かして聴き比べてみるのがおすすめです。
初心者がやりがちなミス
- 全部のトランジェントを立てる:全員が前に出ようとすると、ただうるさいだけの音になります。前に出す楽器を絞るのが先です。
- アタックを最速にしておく:コンプのアタックを一番速くすると、出だしを確実に潰します。初期値のまま使っていないか確認してみてください。
- ヘッドホンだけで判断する:トランジェントは再生環境によって聞こえ方が大きく変わります。スピーカーとヘッドホンの両方で確認できると安心です。
まとめ
- トランジェントは音の出だしの数ミリ秒〜数十ミリ秒
- 人間は楽器をこの一瞬で識別している。潰すと何の音かぼやける
- コンプは放っておくとここを真っ先に削る。アタックタイムで守る
- 強めれば前に、弱めれば奥に。音量を変えずに前後を動かせる
ここまででEQと音作りの語彙は一区切りです。
次からは録音の物理、マイクまわりの話に移ります。