「ボーカルの抜けが悪いね」
DTM界隈で、この言葉を聞いたことがない人はいないと思います。
でもよく考えると、抜けってなんでしょうか。
音量ではない。音質でもない。なんとなく「前に出てこない感じ」を全員がそう呼んでいるだけで、定義されないまま流通している言葉です。
困るのは、原因が1つではないことです。
「抜けが悪い」は症状の名前であって、原因の名前ではない。だから「抜けを良くする方法」を検索しても、人によって言うことがバラバラになります。
「抜けが悪い」の正体は、だいたいこの3つ

長年いろんな人のミックスを聴いてきた感覚でいうと、原因はこの3つのどれかです。
そして多くの場合、複数が同時に起きています。
大事なのは、どれが原因かによって打つ手がまったく違うということ。
場所が被っているのに高域を足しても、被ったまま明るくなるだけで抜けは良くなりません。むしろ耳が痛くなるだけです。
原因1:場所が被っている

いちばん多い原因がこれです。
同じ帯域に複数の楽器がいると、お互いに邪魔をして、どちらもぼやけます。
これは音量の問題ではないので、音量を上げても解決しません。
混んでいる電車で「もっと前に出たい」と言っても、スペースがなければ出られないのと同じです。
解決策は、どちらかの席を空けること。
ボーカルを前に出したいなら、同じ帯域にいるギターやシンセのその帯域だけを削ります。トラック全体を下げるのではなく、被っている部分だけを譲ってもらうイメージですね。
この現象の仕組みはマスキングとは? 音が埋もれる本当の理由で詳しく書いています。
原因2:高域が足りない
音の「輪郭」や「存在感」は、かなりの部分が高域で決まります。
ここが弱いと、音量は十分あるのに輪郭がぼやけて、奥に引っ込んで聞こえます。
よくあるのが、ハイパスやカットをやりすぎたパターン。
「カットが基本」を素直にやりすぎて、必要な成分まで削ってしまっているケースです。削った後に全体で聴き直す習慣があれば防げます。
足す場合は、広いQでシェルビングを1〜2dB。
=三。・o・)ノ 「足りないから足す」は最後の手段で、まずは削りすぎを疑うのが先です。
原因3:奥に行きすぎている
見落とされがちなのがこれ。リバーブのかけすぎです。
リバーブは音を奥に押しやる効果があります。
響きを足すと気持ちよくなるので、つい増やしてしまうのですが、増やした分だけその音は遠くに行きます。「抜けが悪い」の原因が、自分でかけたリバーブだった、というのは本当によくある話です。
\あるある〜/ ボーカルのEQを1時間いじっても解決しなかったのに、リバーブを半分にしたら一瞬で解決した。
リバーブを減らしたくない場合は、プリディレイを使うと、響きを保ったまま手前に戻せることがあります。
手をつける順番

この順番を守ると、無駄な作業が減ります。
最初に音量バランスを疑うのは、「抜けが悪い」の正体が単に小さいだけだったというケースが意外と多いからです。
EQを触る前に、フェーダーを少し上げてみて解決するなら、それが一番いい解決策です。
初心者がやりがちなミス
- いきなり高域ブーストから入る:3つの原因のうち1つにしか効きません。しかも外した場合、耳に痛いだけの音になります。
- 抜けを良くしたい楽器だけを触る:被りが原因なら、触るべきは相手の方です。自分だけを見ていても解決しません。
- 全部のトラックの抜けを良くしようとする:全員が前に出たら、結局誰も前に出ていないのと同じです。前に出す優先順位を決めるのがミックスの仕事です。
まとめ
- 「抜けが悪い」は症状の名前。原因は被り・高域不足・奥行き過多のどれか
- 被りが原因なら、相手の帯域を削って席を空ける
- 高域不足なら広いQでそっと足す。ただし削りすぎを先に疑う
- リバーブのかけすぎが犯人のことも多い
- EQより先に、音量バランスを確認する
次はサチュレーションの話です。
「倍音を足すと前に出る」という、これまたふわっとした常識を分解します。