「ボーカルにはとりあえずハイパスを入れましょう」。
ミックスの解説でよく見かけるこの一文、なぜ入れるのかまでは書かれていないことが多い。
今日はそこを埋めます。
※ハイパスが「高音を切る」ではなく「低音を切る」であることは、別記事で解説しています。
理由1: 低域には音楽に要らないものが溜まっている

歌を録音すると、声以外のものも一緒に入ります。
- エアコンや換気扇のゴー音
- マイクスタンド経由で伝わる床や机の振動
- 吹かれ(息が直接当たるボフッという音)
- 部屋そのものが持つ低い響き
これらの共通点は、全部が低域に集まっていること。
そして声の本体はもっと上の帯域にあるので、低いところをバッサリ削っても声は痩せません。
要らないものだけ消える、都合のいい掃除ができるわけです。
理由2: 1本では無視できても、重なると効いてくる

こちらが本当の理由かもしれません。
ボーカル1本だけを聴くと、低域のゴミは大して気になりません。
「別に入れなくてもいいのでは」と思うのは自然です。
ところが曲には10本、20本とトラックがあります。
各トラックが少しずつ持っている不要な低域が全部足し算されると、土台が濁って曲全体がモヤッとする。
しかもその濁りは音楽的に何の役にも立っていません。
さらに、この不要な低域は音圧の足も引っ張ります。
低い成分はエネルギーが大きいので、聞こえないのにメーターだけ振らせて天井を圧迫するのです。
「使わない低域は各トラックで捨てる」が定番になっているのは、こういう理由です。
でも入れすぎると痩せる

とはいえ「とりあえず高めに設定」は危険です。
削りすぎると声の胴体にあたる成分まで消えて、薄く・軽く・頼りない声になります。
どこまで削るかは、声質と曲によります。
- 低い声 — 声の成分自体が下まで伸びているので慎重に。削りすぎると一気に痩せる
- 高い声 — 低域に本体がないので、わりと大胆に削れる
- 曲の編成 — ベースやキックが厚い曲ほど、ボーカルの低域は譲ってよい
つまり「何Hz」という数値に正解はありません。
Tipsの数値は判断の結果という話そのもので、持ち帰るべきは「要らない低域を捨てて、声の胴体は守る」という目的の方です。
やり方のコツを1つだけ。
わざと削りすぎてから戻すと境目が分かります。
明らかに痩せた地点まで上げて、そこから声に芯が戻るまで下げる。耳で決めるとはそういうことです =三。・o・)ノ
初心者がやりがちなミス
- 全トラックに同じ設定でかける — 楽器ごとに低域の意味が違う。ベースに同じ処理をしたら曲が崩壊する
- ソロで聴いて決める — 単体では削りすぎに聞こえても、曲の中では正解のことがある。判断は全体を鳴らしながら
- キックやベースにも深くかける — 曲の土台そのものを削ってしまう。低音楽器は最低限だけ
まとめ
- 低域には空調音・振動・吹かれなど、音楽に要らないものが集まっている
- 1本では無視できても、全トラック分が積み上がると土台が濁り音圧の邪魔になる
- 削りすぎると声が痩せる。数値ではなく「要らない低域だけ捨てる」目的で判断する